日々のこと 感じたこと

HSP/子育て中の私の備忘録です

自分で自分を癒す

こんばんは。

雪でどっと疲れたり、はたまた、いつもとは違う雪景色にわくわくしたり

心は忙しい感じです。

 

今日は子供の頃の話を。

 

ご両親がもともとHSPに理解がある人だったり、とっても上手に

子育てをされてきた方々、おそらくそういうご両親に育てられたHSPの人たちは

独特の生きづらさみたいなものを、あまり感じないで来れたのかもしれません。

 

私は残念なことに、幼少期から厳しい?理解のない?両親(特に母親)から

強烈なダメ出しをされて育ちました。

母は、当時は珍しく、仕事を持つ人で、

両親共働きの家で育ちました。

 

今は自分が親になったので、なんとなく、彼女のことがわかるようになってきましたが、自分はアダルトチルドレン、だと、思います。

 

母は、もともと、感情的な人というか、激しやすい人で、

仕事から帰って疲れていたのでしょう、

家の中は、ほわーんとあたたかなもの、というよりも、

母の疲れがにじみ出てぴりぴりとしたものでした。

うーん、わからないですけど、母も、少しHSPっぽいところがありますが、

彼女自身、とても傷つきやすいくせに、周りの家族には暴言を吐きまくる人で、

その暴言の数々で、幼い私は本当にズタボロになりました。

それに、子供のことはあまり好きじゃない人だったのかなという気がします。

 

「お母さん!お母さん!(ねぇねぇ聞いて)」と母の肩をたたいた時、

とても迷惑そうな顔で、「お母さんお母さんうるさいわね」と言われたり、

そんな、小さな、嫌な記憶が、今でもたくさん残っています。

 

子供を褒める、ということを全然してくれない両親だったので、

常にハードルを上げ続けられ、ずっとずっと、必死にそのハードルを

超えようと、勝手にがんばってきました。

記憶力もよかったので、勉強はとてもよくできました。

でも、いい点をとっても、それを褒めてくれないで、あと〇点取ったら

100点になるわね!的なことを言われ続けました。

 

悲しいけれど、でも、幼い私は、両親の作る世界観や価値観が、唯一の世界だったし、

それが絶対だったので、必死に、本当に必死に、がんばっていた気がします。

 

他にも、いろいろとダメ出しをされました。

何かを欲しい、と言うと「扶養家族の分際で・・・・」

何かをしたら(彼女の意に反していると)「常識がないわね、恥ずかしい」

「最低人間ね」などなど。

 

ここで、こう書いていても、あー小さい頃の私って、本当に

ズタボロだなぁ、って思います。こんなの、自分の子供に言う?っていう言葉。

 

ズタボロになっているのも気づかずに、私は大学生になりました。

それまで、必死に勉強をして、ずっとずっと、勉強をし続けていました。

そして、やっと大学生になって、はぁーとりあえず、進学進学でずっとやってきた

勉強は一段落ついた・・・・・・となった時、

ふわっと、自分のこれまでを振り返りました。

やっと、ようやく、自分の家族というもの、母親というものを客観的に

眺めた時でした。

そして、うわ・・・・・・なんだったの、私って?という気持ちに、

もちろんなりました。

 

 

それからの20年弱、私はずっと、自己分析みたいなことをしているんだと思います。

 

手探りで、ずっと、自分って何だろう、自分って?ってずっと考えてきました。

そして、数年前に知ったHSPという気質。

この数か月で、再び私の頭にじゃんじゃん降ってくるようになったので、

やはり、このHSPというのは、私にとって自分を深く理解するための

キーワードなのではないか、と感じます。

 

悲しかったこと、つらかったこと、甘えたかったこと、褒めて欲しかったこと、

心に寄り添って欲しかったこと、親に遠慮しないで、何か言いたかったこと、

私のそのままを受け止めて欲しかったこと

 

今は、丁寧に、幼い頃の自分の気持ちを思い出して、

自分で自分を癒して回復している日々です。