日々のこと 感じたこと

HSP/子育て中の私の備忘録です

感情を消化させる大切さ

こんにちは。

今日も盛大にセミが鳴いています。

洗濯物も素敵に乾きそうです。

 

さて、今朝のできごとです。

保育園に5歳の娘と1歳の娘を送りに行く時。

私は家の前から車道まで、自転車を押していました。

その後ろを5歳の娘が歩いて付いてきていました。

ある瞬間、5歳の娘がつまづいて、どてーっと転んでしまいました。

首から下げていた水筒からは、お茶がどんどん流れていきました。

 

どこが痛い?血が出ちゃった?手に穴が空いちゃった?膝を打った?

 

と私は声掛けをしました。

 

娘は、う、うわあああと泣いていました。

 

自転車を横に置いて、娘のそばに行き、どこかケガをしていないか、

確認をしました。

どこにも出血はありませんでした。

 

す、水筒がぁ・・・・・・・と娘は泣いていました。

転んだ時の衝撃で、水筒のふたがばしーんと欠けて壊れてしまったからです。

(数か月前に、私が水筒を落としてしまって、ふたにひび割れができてしまいました。

でも、まだ使えるから、大切に使おうね、と使っていた水筒でした)

 

涙を拭いて、とりあえず、自転車に乗せて、保育園へ向かいました。

自転車で走っている途中、

転んじゃったのが悲しかったの?と私は聞きました。

娘は、水筒がぁ・・・・・と、水筒のふたが壊れてしまったのが悲しかったようです。

 

保育園へ着きました。

同じクラスのお友達は、もうたくさん集まっていました。

 

娘には、さあ、お仕度しようね、と声掛けをしました。

彼女の顔を見ると。

ゆらゆらしているのがすぐにわかりました。

ゆらゆらしているのは、彼女の心です。

 

娘は私に、泣きそうな顔で、

「今日は早お迎えして・・・・。」と言ってきました。

(早お迎えは、いつもよりも、早い時間にお迎えに行くことです。

お昼寝の時間の前、だったり、おやつの時間の前、だったり。

早お迎えは、ちょっとだけ特別な感じで、みんなが、いいなーという

反応をしてくれるのです)

 

「ちょっと疲れちゃった?」と私は聞きました。

相変わらず、ゆらゆらしているのがよくわかりました。

 

ゆらゆらする時。

自分もすごくよくわかります。このゆらゆら。

今にも泣きそうなのに、必死に泣かないで外の世界にがんばって立とうとする時、

この、すごいゆらゆらになります。

自分の中のコップには、表面張力で、ぎりぎりのところまでお水が入っているのです。

最後の一滴が、ぽちょん、と落ちたら、もう、うわーーーっと泣く、あの

ぎりぎりの線の時です。

 

その時、同じクラスのお友達が、娘に話しかけました。

「ねぇねぇ、どうしたの?〇〇(娘の名前)ちゃん?」

 

今回は、それが、最後の一滴になりました。

娘は、う、う、う、うわあぁぁぁと激しく泣き出してしまいました。

 

周りの先生やお友達は、??????ですよね、完全に。

 

先生に、ちょっと、お話してきますね、と伝えて、

みんながいない廊下で娘と話をしました。

 

う、う、うわぁぁと相変わらず、娘は堰を切ったように泣いていました。

話さなくても、十分、わかりました。彼女がどうして泣いているのか。

 

私と娘、この2人だけだったら、話をしなくても、わかってしまうことが

たくさんあります。どうして泣いているのか、何が嫌だったのか。

どういうポイントで、心が反応してしまうのか。

いろいろと、わかってあげることができます。

でも、常に常に、私は娘と一緒にいてあげることはできません。

彼女には、自分のお友達との世界があって、保育園という世界もあって、

周りにいて下さる、先生方との関係もあって。

外の世界で、うまく生きていくためには、

自分の気持ちをちゃんと話す必要があります。

 

それの練習をしてもらうためにも、私は、娘に聞きました。

「何がとっても悲しかった?」

 

娘は、わあわあ泣きながらも、一生懸命、

す、す、す、水筒がぁ・・・。水、筒がぁ、こわ、こわ、壊れちゃってぇ・・・・・と

伝えてくれました。

 

可愛いなあと思いました。

自分の水筒が壊れてしまったのが、とても悲しかったと。

もしかしたら、自分が転んでしまったから、壊してしまった、と感じて、

あんなにも泣いていたのかもしれません。

 

だから私は、

「ママがどーんって落として、ふたにひびが入っちゃったけど、

それでも大切に使ってくれていたでしょ?

もしもね、〇〇(娘の名前)がふざけてぼーんって水筒を投げて、ふたを壊しちゃったのだったら、叱ると思うよ。

でもね、誰も転びたくないけど、時々転んでしまうことがあるのよ。

それで、転んじゃって、水筒のふたが壊れちゃった、っていうのは、事故、ってことだよ。誰も望んでいないけど、起こってしまった、っていうことは、事故なの。

水筒さんも、今まで大切に使ってくれて、ありがとうございます、って言っているよ。

だから、今までありがとうございました、って、新しい水筒を買っても

いい時なんだと思うよ。」

と、彼女に伝えました。

 

娘は、それで、やっと気持ちの整理ができたようでした。

思い切り泣いて、水筒を失う悲しさは、消化できたようでした。

すっきりした顔に戻って、先生のところへ行きました。

 

この朝のできごとを見て。

感情をちゃんと、消化させることって、やっぱりとっても

大切なんだなと感じました。

 

帰り道、自転車をこぎながら。

子供の頃って、何かあって、うわーって泣いた時、

途中から何がこんなに悲しくて泣いているのか、自分でもわからなくなって、

でも頭の中というか、心の中で、あああ・・・あの時のあれも悲しかったー、

あの時の、これも悲しかったーと、そう言えばあの時のことも・・・・・・・と

ささやか過ぎて、泣くまでには至らなかったけど、

それでもやっぱり、ちゃんとは消化できていなかった悲しいことを総まとめにして、

この際、全部をまとめて泣いてしまえーみたいにしていたのかもしれないなと

思いました。

きっとそうやって、小さな悲しみを消化させていたのかもなぁと。

 

大人になってからも。

無意識に選んだ映画で。ううう・・・・と泣いてしまうことがあります。

自覚していなかったけれど、でもきっと、奥底では、

私、泣きたかったんだ、と。

泣くと、気持ちがパリッとしますよね。すっきり。

 

だから、もちろん、時々泣くことは、必要なんです。

大人も男も女も。

 

読んで下さってありがとうございます。