日々のこと 感じたこと

hspとhssも少し入っている子育て中の私の備忘録です

何ひとつ無駄なことはないこと

こんばんは。

突然寒くなって、からだがびっくりしています。

まだ、9月、ですよね?

寒さに弱い私には大変な季節が巡ってきました。


静かに静かに。自分の様子を観察する今。

私は、とっても、疲れてしまいました。

わかっています、疲れさせたのは、この私です。そして、多分、この結婚です。


こうやって、ギリギリ限界点まで立ってみて、あーちょっと待って、もう無理だわ、

という地点に立つまで、やってしまうようです。

仕方ない。これが私です。

これが、どうやら、私のやり方みたいです。

こうして、自分を限界まで追い詰めて、

さあどうする?どうしよう?どうしたいの?

とやって、自分の方向性を確認するみたいです。


ワクワクする気持ちがなくなってしまっていることに気づきました。ずっと。

それにも気づいていませんでした。


魂が籠に閉じ込められてしまっている状態です。



でも、私は。

ワクワクしたいです。

自分の未来が、楽しみな自分で居たいです。


原因を考えてみました。

子供が生まれる前、ワクワクと、こうしたい、ああしたいという自分、全体で生きていました。

でも、子供が生まれてから、そのワクワク感付きの自分では、その現実に太刀打ちできませんでした。


だから。

とってもお行儀良く、過ごしてきました。


でも、それも、もう終わりみたいです。


またワクワクしたい自分が出てきました。

私のありのままと、主人のありのままの

方向性が違うことを、ずっと、きっと、

見ないようにしてきたんです。


もちろん、この出産、子育て時期に、

自分が変わらざるを得ない、となって

自分が変容したことは、プラスになっています。

無駄なことなんて、何ひとつありません。

生きていて、起こること。

すべて、必要で起こっていることです。


でも魂が満足していないことに、気づきました。


来るべき時が来て、

またワクワク感を求める自分がやって来ました。


自分の正解を私は生きます。

いや、自分の心に嘘はつけません。

どうしても。

からだが不調を訴えます。

心がだんだんとプラスチックみたいになってきます。

これじゃない感。

籠の中に閉じ込められている感。


心に正直に、不満を感じて、それをどうにか、自分の正解に近づけようとすること。

それが私の原動力なのです。


もっと先へ。もっと、より、自分の正解へ。

魂の呼ぶ方へ。

自由でいたいのです。


不満を感じて、それをどうにかやり込める時期。

それも必要でした。

やり込めなかったら、とても子育てはできなかったと思います。


でも。

次なるステージに移る時がやって来たようです。


私は、私の正解を生きたいと思います。

これが、私の生き方なんです。

大丈夫です。子供は私と一緒に生きます。

私が自分を少しずつ、少しずつ、小さく譲って、見誤ってしまった結果です。

これも、必要な時間でした。


HSPのみなさん、自分の心に正直に、自分の正解を生きてください。


読んで下さってありがとうございます。







変わって来ていること、移り行くこと

こんばんは。

すっかり暗くなるのが早くなりました。

もう、夏は終わってしまったようですね。

今、家の窓を開けています。

風が時々ふわっと入って来て、虫がりりりりりりと鳴いているのが聞こえます。

2人の娘たちは、保育園の疲れからか、

ごはんの前に、寝てしまいました。

 

とっても静かな時間です。

 

「自分」が「これが自分だ」と思っていたこと。

でも、それがまた剥がれ落ちる瞬間というか、剥がれ落ちる過渡期にいるようです。

静かに。静かに。

心と体の声と自分の行動を極力=にするように、ここ数日生活しています。

心と体の声=自分の行動

こうすると、とても穏やかな、そして、平らかな気持ちでいられます。

焦りは遠くの方で、かすかに、まだ存在しているように感じますが、

でも。無視できるくらいの、か細い存在です。

こちらでやってみよう。

そういう気持ちがしています。

 

こうして、静かに、無理しないで生活をしてみると。

それまで「これが自分だ」と思っていた自分には、

「何かをしなくちゃいけないんだ」と軽い強迫観念みたいなものが張り付いていた

ことが今、よくわかります。

からだが強制的に、私にストップをかけてくれたので、

この羽衣のような強迫観念に気づくことができました。

 

1日に、なるべく多くのことを詰め込む生活。

何かをしなくちゃそわそわしてしまうこと。忙しい、ということ。

これをやったぞ、と目に見える形で欲しいこと。

質よりも量。

 

でも私には、それは合っていないようです。

そこから脱するように、促されている気がします。

 

静かに、丁寧に、心を込めて、自分ができるだけ(多分、2,3個です)のことを

する。

丁寧に。丁寧に、生活をする、ということ。

ゆっくりとした時間で過ごすこと。ゆったりとした気持ちで過ごすこと。

 

本当は、きっと、こっちなんです。

私には、それが合っています。

優しい気持ちでいられること。みんなと横並びでいられること。

子供たちとも。犬とも。

 

 

私は一体、どこへ行くのでしょうか。

おもしろい実験です。

引き続き、様子を見たいと思います。

 

読んで下さってありがとうございます。

自由と制限

こんばんは

昼間は晴れているけれど、空気が透明で、少しだけひやっとして

いつの間にかすっかり秋になりました。

そして、日が暮れるのがすっかり早くなりました。

 

そうして、寒さに弱い私は。

外が涼しくなってきたので、もう早速、

からだの小さな筋肉が凝り固まってきて、

からだがごわごわしてきました。

ああ、つらい。

 

今日は自由と制限について、です。

先日のブログと、自分の中では

繋がっているテーマです。

そして今日も、子育て絡みのお話です。

 

自分の子供時代を振り返ってみて。

私は、母の口出しと検閲と言う名の制限をかなり受けていました。

(まずは私の好きなように)やってみたらいいよ!という自由はなかった気がします。

それよりも、まずは、

母が気に入るかどうか。母の価値観に合っているか。

母の基準を満たしているか。母基準の善悪に沿っているか。

そういうものを中心に、口出しされることがとても多かったです。

だからよく、

「非常識ね」やら

「そんなことをするのは不良だわ」だったり、

「扶養家族の分際で、よくそんなこと言えるわね」などと

言われていました。

 

大学に入って、やっと自分の時間をちゃんと持てるようになった時。

(それまでは、進学、定期テスト、予習やらで、本当に勉強漬けの日々でした)

 

 ゆっくりと、初めて、自分の家族、というものを

客観的に見つめて、自分自身について考え始めたわけです。

 

こんな子供時代を過ごした私が、

今、5歳と1歳の娘を育てている最中です。

 

自分がやられてとても嫌だったから、それを娘たちにはしたくないなぁ・・・。

全般的にこういう気持ちが強いです。

甘えと自立、のブログで書いたように。

 

では。自由と制限。

うーむ。

制限ばかり受けて、それが嫌だった私がいて。

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もちろん、必要な制限と不必要な制限があると思います。

制限が嫌だったからと言って、子供たちには、ではなんでも好きにしていいよ!は

ただの放任だと感じます。

 

ただ。

制限を強く受けて育った弊害を自分で感じることがあります。

四方八方を柵で囲まれて育った動物は、それが当たり前だと思って、

柵の存在に気づいた時、そして、いざ柵から外へ出てみようと思った時、

野生本来の自由さをすでに忘れてしまっている、というか。

もう、柵を立てられていることが当たり前になってしまっているので、

いざ、出よう!と思った時でも、

どこまで自由をしていいの?という感じなのです。

 

自分の中に、姿の見えない柵が何本もあり(刷り込み?)、

それを注意深く飛び越え、自分で叩き壊し。

でも、きっと・・・。

まだまだ、自覚のない、目に見えない柵が私にはあるような気がします。

 

頭の中で、娘たちには理不尽な制限は付けたくないなぁ、と思っています。

最初に制限ばかりを付けられてしまうと、魂が縮こまってしまって

自由を思い出すのに、大変な苦労をする(自分の経験から)。

だから、ダメダメダメの柵ばかり立ててしまったら、

子供がのびのびと育たないなぁ。うーむ。

こんなことを考えています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今5歳になる娘は。

2歳になったばかりの頃。ものすごいイヤイヤ期が来ました。

(噂に聞いていたイヤイヤ期。いやーこんなにも、人生に抗議するの?っていう

くらい、大泣きして、床を叩いて怒り、スーパーや道路でも寝ころんで

喚いて泣いて。ただただ、すごかったです)

 

その頃。今はこういう時期だから仕方ないよね、と大きく包んであげられる私は

残念ながらいなくて、時々、娘の怒りに持って行かれて、

私もぶち切れてしまっていました。

 

『世界・初めて物語』過ぎて、そのイヤイヤ期真っ最中の娘に

どう接したらいいのか、本当にわかりませんでした。

途方に暮れました。

結構悩み、保育園の先生にも相談しました。

 

「大丈夫ですよ、今そういう時期なんです。

1年ぐらいで落ち着いてきますよ!」

 (えー、こんなのがこの先1年も続くの・・・・?)

 

荒れ狂う炎のような時期は半年くらいで、少しずつ少しずつ、

マイルドな炎(それでも炎です)に変わって行きました。

そして本当に、1年弱ぐらいでイヤイヤ期は終わりました。

 

(ふぅー、やっと、イヤイヤ期とやらも終わったようだな・・・・)

 

そして娘は3歳になりました。

今度は3歳になった途端。

私の行動の上げ足を取るかのように

「自分でやりたかったのにーーーーぃぃぃ。ギャーーーー!キーーーー!」

という、何でも自分でやってみたかった!という抗議の時代が来ました。

 

(え、あの・・・・え?えっとえっと。イヤイヤ期って2歳で終わるんじゃなかったの?え、何、今度は何があるわけ?)

 

トイレに付いていって、私がお水をジャーっと流せば

大泣きして「自分でお水したかったのにー」と怒られ、

スプーンで何かを口に入れてあげれば

大泣きして「自分でスプーンしたかったのにー」と怒られ、

娘が手を洗い終えたので、タオルを渡せば

大泣きして「自分でタオル取ろうと思ってたー」と怒られ。

これまた恐ろしい時代でした。

 

今、遠く振り返ってみると。

イヤイヤ期は娘の心にとって、自己主張をするために必要な時期であり、

この猛抗議の時代は、娘には娘の気持ちや感覚、ペースがあるのよ、ということを

周りに広く示すために大切な時期だったんだなぁと思います。

 

猛抗議の時代は半年くらいで落ち着きました。

そして4歳になり・・・・今、5歳になりました。

 

5歳の長女は、小さい頃から、自分の主張が強い方です。

自分のスタイルもあります。独自の世界もあります。

そんなこともあって、私は彼女を

尊重する、というスタンスでやってきました。

娘は私の持ち物の一部ではありませんし、私のおもちゃでもありません。

彼女は彼女。私は私。

私は幼い頃に、母から全然尊重されて来なかった、という苦い思いもあるので

娘の気持ち、意思を確認するようにしています。

隷属の存在ではないので。

 

尊重と自由も紙一重で。

本当に難しいです。

いいよいいよ、好きにしたらいいよ。ばっかりでは、これから先の

彼女の人生を考えたら、ダメだよなぁって思います。

躾、という概念もありますし。

ジャングルの中でひとりで生活していないので、

基本的には、集団やら、他人との関わり合いの中で生きて行くことになります。

 

娘は保育園に通っています。そこでは集団生活、というものがあります。

ごはんの時間になったらごはんを食べる必要があるし、終了の時間までに

食べ終える必要もあります。

 

完全に自分の好きにしていい時、と、それは許されない時。

そういうものの使い分けを学んで欲しいと思いますし、

年齢的に理解できる、できない、もあります。

それには、これまたいい塩梅といい匙加減で、自由と制限のバランスを

注意深く取って行かないといけないのです。

 

歯磨きやお風呂、疲れ具合など、自分のからだをちゃんと考えることも、

教えてあげないといけないのです。

 

 

譲り過ぎていたこと、でも書きましたが、

私は、最近、この5歳の長女に譲り過ぎていたことに気づきました。

 自分が制限ばかりを受けて、とても嫌だったので、

娘には、いいよーいいよーとずっと、譲ってきました。

自由と、甘えを満喫する時期なんだ、と。

内心では、彼女の甘えポケットが満たされて、自分でやってみよう、と

思えるまで、待っていよう、と思っていたのです。

 

でも。

気づいたら、笛を吹いても、集まって来ない羊みたいになっていました。

着替える時も私が手伝い、歯ブラシも、最初から私が。

お風呂でからだや髪を洗うのも、私。保育園で、帰る時のお仕度をするのも私。

お風呂に入るからテレビをもう消してーと言っても完全スルー。

さあ、ごはんだよーと言っても、自分が見たいところまでテレビを見終えないと

食卓には来ない。

 

まずいまずいまずい。

 

自分でもうできてもいい年齢なのに、私が、それを超えて、

手伝ってしまっていた、ということです。

娘が、もう自分でやるよ、と言うまで待とう、と思っていましたが、

違いました。

娘は、私が自分でやろうね、と突き放さないと、いつまででも、

私にやってもらおう、やってもらえる、と勘違いしてしまっていたのです。

完全に私が見誤っていました。

 

 

優し過ぎること、はダメなことだ、というのは、ここでもよくわかったことでした。

優し過ぎることは、時には、誰かが自立する力を奪ってしまう、ということ。

自分で立てるのに、立とうとするのを私は妨害していた、ということです。

 

恐らく。

子供には、生まれてから3年から4年?くらいは、自由、を教えてあげたらいいと思います。

いいよいいよ。好きにやってみて。(もちろん、命に関わることはダメですが)

そうして、自由をちゃんと知った後で、

少しずつ、制限や自立への導き、というものを設けてあげる必要があるように思います。 

マナーやルールや、決まりや、そういうものも、教えてあげる必要があります。

ジャングルに生きるわけではないので。

 

これに気づいてから。

娘には、ばしっと叱ったり、ちょっと声音を変えて、伝えるようにしてみました。

テレビを消して!って言ったら、消そうね。

お風呂に入ろう、って言ったら、お風呂に入るお仕度しようね。

自分でお洋服は自分で着ようね。

髪の毛を洗ってみようね。

 

保育園でちゃんと頑張っている分、家では少しぐらいは甘えさせよう。

この、甘えさせよう、が、私はちょっと長過ぎたようです。

 

難しいですね。

塩梅と、匙加減。

 

誰かの役に立ちますように。

読んで下さってありがとうございます。

 

 

 

 

 

甘えと自立

こんにちは。

今日も相変わらず、ぼんやり静かにしています。

溜まり過ぎていた、子供の保育園での作品を少し整頓したり、

メールアドレスの管理をして、使いやすくしてみたり。

 

外は、白くて、静かで、少し涼しくて。

今の私にぴったりの静けさです。

 

これは。

私の中の膿出しの一環なのでしょうか。

燃え尽きてしまったようで。

時々、ドキッ、ドキッと、心臓が強く鼓動しているのを感じます。

さあ何かをしよう、という気力と体力が抜けています。

そして、これまた時々、

何かしなくていいの?

動かなくちゃ!

何かの、誰かの役に立たなくちゃダメだよ!

と、動かない私を突っつく、意地悪な考え(ただの焦りみたいなものです)が

やってきます。

 

でも、今はそれも

へいへい、わかっていますって。今はなんだかどうしても、動けないのよ。

と、スルーしています。

 

きっと、この、スルーできるか、できないか、を試しているんだなぁと感じます。

今は、焦りに持って行かれないようにして、

そうして、次に、あ!これやってみよう!が降ってくるまで待つ時間です。

 

では。

 

甘えと自立

 

私の母は、私が生まれる前から、仕事をしていました。

(このブログで、母のことは何度か書いていますね)

時短(当時あったのかしら?)、とか、パートタイムとか、ではなくて、

正社員、として働いていました。

小さい頃の記憶では、

とにかく、母には時間の余裕も、気持ちの余裕も、体力の余裕もなくて、

ぴりぴりしていることが多かったです。

子育てをゆったりと楽しむ、なんていう発想は全くなかったようで、

私は生後2か月から、母の職場の託児所に預けられて、育ちました。

+母方の祖母とよく過ごした記憶があります。

(その後の保育園の送迎も、歯医者さんへの付き添いも、祖母でした)

 

私は母に甘える、ということがほとんどできず、反対に、

自分のことは自分でやりなさい、と、小さい頃から自立自立の方向へ

向かわされていました。

母の、「忙しいから構わないで」オーラをびしびしと

感じ取っていたので、

言いたいこともあまり言えなかったのかもしれません。

 

今、自分が2人の娘を持つようになって。

 

私は母のように、働こう、と思いませんし、

自分のこと・仕事のことでいっぱいいっぱいで、

自分の子供たちの様子をほとんど気にかけないで、

プラス、

子供の年齢による成長過程(心の成長、能力)などを全く気にしないで、

子供と一緒に暮らす、という荒業は、到底できないなぁ、と思います。

 

例えば。

赤ちゃんはたくさん抱っこしてもらって、たくさん甘えて、

そうして、だんだんと、お母さんから少しだけ離れてみようかな?という

心の成長過程をとるようです。

まずは、なによりも、甘える。甘えて、甘えて、甘えたいタンクがいっぱいになって

初めて、さて、では、ちょっとお外へ出てみようか、という気持ちになるようです。

甘え・自立・甘え・自立・甘え・自立・・・・・・

これの小さな繰り返しで、少しずつ、少しずつ、まずは膝から離れ、30センチ離れ、

1メートル離れ・・・・・・とできるようになるようです。

お母さんは、自分の絶対的な味方である、安心できる人である、

と赤ちゃんが思えるようになるからこそ、

冒険したり、自分でやってみよう、と思えるようになる、ということです。

(出産してから学んだことです)

 

私の場合。

十分に甘えるをかるーく飛ばして、いきなり大冒険へ放り投げられたようです。

少しずつお母さんと一緒にやってみようね!はスキップして、

次からは自分ひとりでやりなさい、と言われ続けていた感じです。

うまくできなかったりすると、母に余裕がないので、

「うん、一緒にやろうね」ではなくて、

「・・・・全くもぅ(手間取らせるんじゃねー的な)」と

軽くイライラして、手伝ってくれました。

 

いきなりは上手にできないよね、だったり、

段階を踏んで、少しずつできるようになってきたね!は

省略でした。

 

その時の私は、

「私はお母さんの足手まといみたいだなあ」

「どうしてそんなに怒っているんだろう」

「私はどうやらすごく困った子供なようだ」

と心の中で感じて、固まっていることが多かった気がします。

 

子供の頃のそんな苦い記憶ばかりがあって。

 

自分の子供には、母にされたようなことはしたくない。

強く、こう思う私がいます。

十分に甘えさせてあげる前から、自分のことは自分でやりなさい、と突き放すこと。

 

きっと、その子供、子供によっても、差があると思います。

とってもとっても甘えたい子、結構甘えはあっさりで、冒険へ向かいたい子。

年齢によっても違ってきます。

0歳の子育てと、5歳の子育ては、違います。

目安でいいから、だいたい、これくらいの年齢の子は、どういう成長過程に

いるのかな、と関心を持って勉強することも必要だと感じます。

 

でも。

親に甘える、を知らなかったので、

私は、自分の子供が生まれたばかりの頃、

私を頼って来るなんて、なんという勇者だ、と思いましたし、

とんでもないものを持ってしまった、と正直思いましたし、

もう少し大きくなってから、子供が抱っこー、抱っこーと甘えてくると、

心の中で反射的に、

「は?ふざけないで、甘えないでよ」と

拒絶する私がいました。

でも、同時に、母に甘えられなかった自分の悲しい記憶もあって

甘えさせてあげなくちゃいけないんだ、と思っている自分もいました。

 

頭では、子供にはたくさん甘えさせてあげる必要があるよね、ふむふむ、と

わかっていても、

心は、私自身の甘えたかった気持ちが消化できていなくて、

頭と心がバラバラで、なかなか大変な子育ての始まりでした。

 

母に甘えたかった、という気持ち。

1度、泣きながら、母に気持ちをぶつけたことがあります。

泣きながら、なんていう生易しいものじゃなくて、

奥底から、湧き上がるように、むせび泣きました。

 

「そんなふうに、思っていたんだね。」

「そうか・・・・。とっても寂しい思いをさせていたんだね。」

 

きっと母がこんなふうにその時答えてくれたら、

まだ少しは救われていたのかもしれません。

 

でも、私の母は、すごいです。

(今思い出して、軽く笑ってしまいました)

 

「じゃあ、何?この年になって(今更)、手をつないで、動物園とか行けばいいわけ?」

 

あーうん、そうかそうか。

もう、きっと、本当に、子供の心をわかろう、と思わないんだね。

私が母にわかって、と思うこと自体、馬鹿げているんだね。

OK、OK。

 

 

だから、自分で自分のことは癒しました。

甘えたかった小さい自分を呼び出して、思い出して、できるだけ、

そうだよね、嫌だったよね、寂しかったよね、いつもひとりでいるみたいだったよね、

と、癒し続けました。

 

そうして、少しずつ少しずつ、

自分の子供に甘えられても、イライライライラッとする自分が消えて行きました。

 

でも。

いつだって、手探りです。子育ては。

甘えをあまり知らない私は、どこまで甘えさせてあげたらいいのかも

よくわかりませんし、

母が私にしたように、突き放して自立を促すことは、きっと得意ですが、

それには、自分の娘の年齢的なものも、関係してきますし、

なによりも、娘の中の甘えたいポケットが満たされているのかどうか、も、

見極めなくてはいけません。

育児書や、ネットの情報はあくまでも、本当に目安で、

自分の子供の性格やら、傾向、気質、そういうものをじっと観察して、

いい塩梅、いい匙加減で、甘えさせたり、自分でやらせてみたり、

調整していく必要があると思います。

 

しかも、育て方には正解とか、不正解、とか、ないですしね。

自分が、今やっていることの、結果、というか、全体像は、

娘がきっと自立してから、ばーんと客観的に見えてくるのかなぁとも

思います。

 

誰かの役に立ちますように。

最後まで読んで下さってありがとうございます。

 

 

 

 

 

譲り過ぎていたこと

こんにちは。

朝は雨がばらっと降っていましたが、

今はとても良い天気です。

最近、青空なのに、雨が降ってきたり、

なかなか不安定な感じですね。


さて。


譲り過ぎていたこと。


立て続けに、自分が譲り過ぎていたんだわ…と

気づくことがありました。


ひとつは主人とのこと。

もうひとつは5歳の長女のことです。


今回は、主人とのこと、を

少しずつ書いてみましょう。


主人は、ゴリゴリに仕事をする人です。

私の目から見て、どうやら確固たる自信がなくて、

それを社会的な地位、というか、

業績、というか、

そういう目に見えるものとして、

欲しい人なんだなあ、と思っています。

そして、自分の感覚、とか、体力とか、

そういうものを軽く無視して、

ガンガンに仕事に向かってしまう人だと

思っています。

つまり、からだが、疲れました。もう休んでくださいよー、やら、心が、もう少し、楽になれる考え方を身に付けてくださいよー、と

言っているのに、

大丈夫、大丈夫、と

振り切って、ガシガシ前に進もうとしてしまう人です。


いや。

と、思っていました。


でも。

鏡の法則があるので、

これはすっかり私にも当てはまることなんですよね。


そこにはっと、気づきました。

自分の限界を迎えて。


彼の仕事第一、の考えもよくわかっていたし(そこに同意するかは別として)、

どうしてそういう考え方をするのかも、

知っていたので、

あれこれと、私がごちゃごちゃ言うのではなくて、

すっぽりと受け入れてあげないと、と

思っていました。

もちろん、こういう考えになる前は、

私はあれこれ言っていました。


そんな働き方していたら、からだが壊れちゃうよ、

もっと自分のこと、大切にしてよ、

手には10個しか持てないのに、15個とか、20個とか

持とうとしているよ、などなど。


でも、外野がごちゃごちゃ言っていても、

本人が自力で気付くのが、

一番有効的だとわかっていたので、

ある時から、見守る方向に転換しました。


その間。

彼が外へ外へ向かって行ってしまうので、

では、私は内(家庭、家族)をひとりで守らざるを得ないよね、と思って、

ひとりでやってきました。


もちろん、そんなの本意ではありませんでした。


私は元々、男とか女とか関係なく、

からだに無理し過ぎないで仕事をして、

そうやって手にしたお給料で生活すれば

いいよ、と思っていますし、

子供を育てる、というのは、

母親だけのものではなくて、

子の発育には、(お給料を持ってくるだけではなくて)父親という実体も

必要なものだ、と思っています。

一緒にごはんを食べたり、生活の様子を見たり、

叱ったり、母親にはできない、からだと

力を使った遊び方をしたり。


仕事で朝から夜遅くまでいなくて、

家族の前には姿を見せず

(もしくは寝姿)

生活に必要なお給料を運んで来てくれる。


ステキな幽霊?もしくは、

あしながおじさん


これはどうやら私だけの理想なようだ、と気付いて、がっかりもしましたし、

愕然ともしましたけど、

仕方ないわ、縁あって結婚した人だし、

彼の世界観も大切にしていかなくちゃね、と

考えを改めました。


どうやら、でも、

ずっとずっと彼に譲り続けてしまったようです。

気付いたら、(彼が考えるように)

男は仕事、女は家事育児、でOKだよね?と

彼に強く信じさせてしまっていたのです。


これは、私が小さく小さく、譲り続けてしまった結果です。


彼が仕事で疲れているから、いいや、私がやっちゃえ、だったり、

うーん、これぐらいだったらもう少し自分でできちゃうから、自分で済ませよう、だったり。


これが積もり積もって、

ある時から、私に力が入らなくなってしまいました。

とにかく、疲れ果てています。

心も、からだも。

よく寝ているのに、いくらでもからだの奥から、疲れがにじみ出てきます。


こうやって、自分で、自分の限界を目の前に突き付けて、

初めて、

あー私、自分で苦しめるやり方をしていたんだ…と気付いたわけです。


いや、きっと、

こんな状態になるまで来て、

うんうん、今の君、すごく苦しいよね?

からだも重いし、疲れ果ててしまっているし、

よくわかったかい?

君の考え方と、やり方では、

誰も幸せにならないんだよ、

と正面から、バーーンと気付かせてもらったのだと

思います。


いいの、いいの、いいの、と

苦しい気持ちや、辛い気持ちを

誰にも言わないで、主人にも言わないで、

どうやら我慢して、我慢して、我慢して、

道端で干からびて勝手に死んでしまっている

小さな虫みたいに、

自分をしてしまっていました。


優し過ぎるだけでは、ダメなんです。

人に、優し過ぎるだけでは、ダメなんです。


パチンと弾けてしまった風船みたいです。

でも、これじゃあダメですね。

もっと上手く、一緒に子育てして!とか、

一緒に考えて!とか

言える自分にならないと。


この原因をゆっくり自分に深く潜って、探ってみます。今は疲れ過ぎています。


誰かの役に立ちますように。

読んでくださってありがとうございます。


自分の心の観察

こんにちは。

また今日は蒸し暑い1日となりました。

気づけばもう8月も終わり・・・・。

毎年、9月10月11月12月は、

とんでもなくスピードアップして日々が過ぎて行きます。

それがあと少しで始まるなんて。

今年はもう少し、のんびりやって行きたいなぁと思います。

 

自分の心の観察。

 

この数日、自分の心がいつもと違うので、

じっくり観察してみました。

 

①なんだかとにかく疲れている

精神的、なのか、肉体的なのか、よくわかりませんが、

からだの力が軽く抜けているような。

さあ今日もやるぜー!みたいな気力がなくて、やる気もあんまり感じられません。

元気な時と、元気でない時。私たちは大きなリズムに乗って生きているので

仕方がないと言えば、仕方がないのですが。

 

そんな状態を数日過ごしていると。

からだの奥から、ざわざわざわっとした感じがやって来ます。

 

「いいの?いいの?こんなでいいの?」

「動かなくていいの?何か、しなくていいの?」

「有意義に過ごさなくていいの?何かの役に立たないと!」

「元気ないのはダメだねー」

 

こういう小さな信号がたくさんやって来ます。

そうして、それに名前を付けるとしたら

焦り、です。

 

焦り。焦り。

ドキドキしてきます。

 

自分で、自分を癒してきたつもりでしたが、まだ残党がいるようです。

そう、こうやって、少し調子が落ちてきたり、悪くなっている時に

残党は暴れ出します。

だから、チャンス!として、やっつけてやりましょう。

 

『何かをしなくていけないと思い込んでいる』/『無価値観』

残党の正体はきっとこれです。

何かしないと、ここにいたらダメだよ。有意義な時間を過ごして。

誰かの、何かの役に立っている?

こういうことを、ごちゃごちゃと、私の心に言ってきます。

 

何かをしないとここにいたらダメだよ、と思うこと。

これは、かなり根深く、そして根強いです。

 

でも。

本当は何もしないでも、ここにいて、いいのです。

ただ、そこにいるだけで、もういいのです。

誰でも、みんな。そこに、ここにいてくれるだけで、もうそれでいいのです。

 

何かしてもいいし、何もしなくてもいい。

どちらでもいいんだよーの地点です。


何かできるようにならないと(できていないと)、

ここにいたらいけないんだ、と思わせているのは

取り外すべきエゴだと、私は思っています。

 

もちろん。

自分が何かをして、それが誰か、だったり、何かの役に立っている、と

自覚できることはとても幸せです。

限りある時間、できるだけ、有意義に過ごせたら、幸せだし

充足感だって得られます。

 

人はきっと、何かの役に立ちたい!と

本能的に感じているものだと思っています。

無価値観から半強制的に突き動かされて行動する、のではなくて、

根源的、というか、もっともっと深い魂の部分で、

人は何かの、誰かの役に立ちたい、という愛を持っているのだと思います。

 

でも、いつだって、同じ、いい状態の心でいることはできません。

時には疲れたり、嫌な感情に襲われたり、人の心はぐにゃぐにゃです。

調子が昇りっぱなし、というものではないと、思います。

 

確かに、とてもつらいです。

やる気が出ない、元気があんまりない、静かでいたい。

どうしちゃったの?と思う私もいます。

でも、弱っている時も、ちゃんと、そのままを受け止めてあげようと、と思います。

 

ごちゃごちゃ言う声に従ってしまうと、

希望、願望をモチベーションにした動き(愛)、ではなくて、

焦りをモチベーションにした動き(エゴ)になってしまいます。

それは、×、というのは、よくわかっています。

 

だから、こんな時は、外は猛吹雪で動けない時の動物みたいに、

じっと、じっと、巣穴で雪が止むのを待つしかないのです。

心とからだが回復するまで。

 

②まだ傷ついているのに気付いたこと

昨日の夜、5歳の娘とお風呂に入っていました。

夜も更けていて、私の1日の疲れのピーク、自制心も落ちてきている頃でした。

私は、さかさかっとお風呂を済ませて、

早く娘をお布団へ運びたい、と思っていました。

 

しかし、5歳の長女は、石鹸のふわふわの泡を足の裏に付けて

スケートごっこを始めていました。

(あーーうーー。もう止めて!早く寝ようよー)と思っていましたが、

彼女の遊びたい気持ちも採用したいので、

少し、そのまま遊ばせていました。

でも、静かに、そろそろ、もうスケートは止めて、寝るお仕度しようね、と

伝えました。

でも遊んでいる彼女には、特殊な耳栓が付いているので(いつも・・・・)

もちろん遊び続けていました。

 

それを繰り返すこと何回か。

石鹸の泡を足して、スケートごっこはまだ続いていました。

 

ある瞬間。

私の中で、ぷちんとなって、お盆がひっくり返りました。

 

その時の自分の心は。

「どうして私の話を聞いてくれないの?」という悲しみでした。

でも同時に、その私の様子を冷静に見ている私もいて。

その時にはっとわかったのは、

小さい頃の私がまだ傷ついている、でした。

 

「私の話を聞いて」

 

瞬間的によくわかったことです。

小さい頃、私の話したいことをちゃんと聞いてもらえなかった、

それが、すごくすごく悲しかった。

一生懸命、伝えようとしているのに。話したいと思うことがあったのに。

でも、お母さんは聞いてくれない(忙しくて?余裕がなくて?)。

適当に、あしらわれた。向き合って欲しかった。

 

その、話をきいてくれない、という態度を

私は、自分のことを大切に思ってもらえていない、と感じている(感じていた)

ようです。

そこが、まだまだ癒されていなくて、癒しきれていなくて、傷ついている。

そんなことが、しゃっとわかりました。

 

だからこそ。

娘が話を聞いてくれなさ過ぎたり、主人が私の話を上の空で聞いていたりすると、

「ま、仕方ないかー!」よりも、

奥底から、大切に扱ってもらえていない、級の深い悲しみに

襲われていた。

そんなことが、わかりました。

 

傷口に、さらなる塩水をかけてくれる役目、だったのです。

でも、気づきました。

世界の目的は、私にその傷を認識させることです。

塩水かけ係は、娘だったり、主人だったり、なわけで。

 

自分が、思っているよりも、もっともっと、

私は傷ついているんだ。

そんなことを再認識しました。

 

気づいたら癒す。表面化してきたら、癒す。

自分の心に正直に。痛みと、悲しみと、チクッと感が

私に、この部分が傷ついていますよーと、教えてくれるのです。

 

なんだかこうして、ゆっくりと、

丁寧に、自分のありのままの心探し、なわけです。

気づいてあげることと、許してあげること、認めてあげること、

広げてあげること。

奥が深いなあと思います。

 

読んで下さってありがとうございます。

誰かの役に立ちますように。

キャンプ後ーHSP的疲れ具合

こんにちは。

なんだか曇天です。洗濯物がぴりっと乾かず、もんわりと

時間をかけて蒸し上げる・・・・・みたいになっています。

雷が鳴ったり、夜も涼しくなってきたり、

少しずつ、季節が進んでいますね。

 

今年の夏も、たくさんぶどうを食べました。

主人がお土産に買ってきてくれたり、親族が送ってくれたり。

私は巨峰とピオーネが大好きです。

巨峰は、鼻血が出るくらい濃厚な甘さ。実は少しだけ柔らかいです。

ピオーネは、巨峰よりも、ぶりっと張った感じがして、少し硬くて大きくて、

そして、巨峰よりも甘味が若干薄い感じがします。

今年は、私の人生において初登場の

ブラックビートというぶどうを食べました。

ブラックビート。これはすごいです。

巨峰の濃厚な甘さに、ピオーネの粒の大きさと硬さが加わったぶどうでした。

ぱちっと皮が張った実はどれも立派で、大きくて。

1粒食べるたびに、目をつぶって、うーーーむ!と

うなってしまうほど。鼻血が出そうになりました。

 

さて。さて。

この前の週末、キャンプへ行ってきました。

翌日の月曜日から、普段通り、

主人は仕事へ、2人の子供たちも元気に保育園へ行っています。

 

私はと言うと。

得体の知れない疲れがからだに残っています。

なんだか、普段、ふんふんふんーとやれていることも、

からだが重くて、体中のやる気を集めてこないとできない感じです。

洗濯も、ごはんの支度も。

 

(少しだけ、うわ、私、なんでこんなに体力ないのー?と焦った私も出てきました)

 

体力がない。疲れやすい。

これは、HSPを自覚している方は、うん、うん、と同意していただけること

かもしれません。

 

キャンプで、私が、がしがしテントを張ったり、せっせと水を汲みに行ったり、

みんなのごはんを率先して作った、とかそういうのでは全くありません。

むしろ、主人や他のお父さんたちがたくさん頑張ってくれていました。

(ありがとうございます!)

 

私は、目が離せない1歳の次女のお世話と、主人の軽いサポート役、みたいなことを

していました。

体、で言ったら、全然動いていません。

でも、自動的に神経がいろいろな情報を拾っていました。

目から見えること、耳から聞こえること、鼻からは匂い、臭い、

空の色、木の緑、他のお母さんたちの動きや、口調、他のお父さんたちの

様子、他の子供たちの遊ぶ様子、ケンカする経過・・・・など。

2日間、他の家族たちと共に行動して、

家に帰ってきたら、Aちゃんの家のパパはこんな感じで、ママはこういう人だったね、

Bちゃんの家は・・・・・・と、

ほぼ全員の観察結果(意図しない観察です。勝手に拾って勝手に分析してしまいます)、

特徴がわかっていたくらいでした。

 

人のこと、だけではありません。

今、こういう動きをしておいた方がいい、とか、カレーがそろそろ焦げ付きそう、とか、Cちゃんの顔がちょっと浮かないから、なだめてみよう、とか

向こうから車が来ているぞ、とか、お隣は何人くらいのチームだな、とか

とにかく、多方に神経というか、アンテナが張られてしまっていて、

ざらーっ・ざらーっと常に情報解析がなされているみたいでした。

(しかも、気にしないでおく、ということはできないのです。

勝手に、流れ込んでくるのです。)

 

静かに、椅子に座っているだけでも、目の前に繰り広げられる風景、人の動きに対して

かちゃかちゃかちゃかちゃと、体の中のセンサーが動き続けている、みたいな、

そんな状態でした。

 

体をどれだけ動かしたか、という目に見えることだけではなくて、

HSPの場合は、体の中で常に働いている、このセンサーも、

プラスの疲れとして出てくるのだと再認識しました。

 

家に帰ってきてからも、濡れたタオルがあるから、カビが生えちゃったらいやだ、

洗濯しちゃえーーー、とか、

朝露でテントもしっとりしているから、これも、ええい、干してしまえーー、とか、

なんだかんだと、頭の中にやっておきたいリストがばーーーっとできてしまいました。

 

+普段、常には行動を共にしていない集団の中。

子供たちのおかしなデシベルでの話し声(喚き声)。

自分の娘たちにはあまりない瑣末な子供っぽい争い…。

 

 

いやいや。

楽しかったです。本当に。でも、ぐったりなんです。

ゆっくり回復しましょう。

 

読んで下さってありがとうございます。